作文ネタ:「あなたにとって“大きな岩”は何ですか?」

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ひろゆきの本の中で紹介されていた、「この壺は満杯か」の文章を読ませた上で、「あなたにとって“大きな岩”は何ですか?」という課題を、留学生たちのクラスで出した。中国人中心の留学生だったためか、「私にとって大きな岩は“家族”です」と答えた学生が多かった。

僕が「学生たちの前で何かしゃべれ」と言われたら披露する話
現在、フランス・パリで余生のような生活を送り、英語圏最大の匿名掲示板「4chan」や新サービス「ペンギン村」の管理人を続ける、ひろゆき氏。今回の新刊『1%の努力』(ひろゆき・著)では、いかに彼が今の立ち位置を築き上げてきたのかを語った。

香港の学生は、「自由」と書いてきた。
中国人の多いクラスで書きにくかったのか、最初は、日本に来たときは不自由だった、などという話だったのだが、リライトの時に、香港の「問題」に触れていた。よっぽど書きにくいのか、学生運動などとはっきりは書かない。また、いつもは構成をキチッとまとめてくるのだが、今回は焦点が少しぼやけた感じに仕上がっていた。

文章とは面白いもので、構成力も語学力も申し分なくても、心理的抵抗があると、全体がゆらゆらとぼやけてくる。文章すら書けなくなる人もいる。
おそらくそれは文章だけでなく、授業でも何でも、何か心理的抵抗があると、このように思考が滞ってしまうということはままあるのだろう。

学生たちに書かせながら、私にとっての「大きな岩」について考えてみた。

私にとっての「大きな岩」は、自由に思考できることだ。自由に思考し、それを自分で受け止めること。

何かの磁場の影響で、思考が歪んでしまうように感じることがある。それは、自由な状態ではない。
歪むと、邪気が芽生えてくる。邪気は案外すぐに生じるからやっかいだ。
だから、そのような磁場にはしがみつかないようにしないといけない。
私の人生で、結婚生活や前の職場は、何か変な磁場が働いていて、邪気に包まれていた。思えば若いころは邪気まみれだった。
そのことに自覚的になってからは、変な磁場から距離を置けるようになり、前の職場では重症化する前にそこを去ることができたと思う。

仕事を辞めるとたいへんだが、その恐ろしく隙間だらけの壺の中に、一生懸命何かを詰めてきたように思う。
今、結構いい感じに詰まってきたのだが、ほんとうにやっかいなことに、今の環境もまた地場のうねりがあって、少し悩ましい。

しかし、地場の影響を受けない場所なんてあるのだろうか?

生まれてくる邪気を、深呼吸して振り払いながら、この地場を何とかコントロールできないものか?
これは今の私の挑戦だ。

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